もう少し一緒に過ごしてもいいと思ったから。凰理のそばは、彼に触れられるのは不快じゃない。

 悔しいから、絶対に口にはしないけれど。

 凰理に視線を飛ばし、なにも言わない代わりに紫音は繫がれている手にわずかに力を込めた。

 凰理は駅の近くの大通りから一本奥に入った道を突き進む。彼の足に迷いはない。

 さすがに恥ずかしくなり紫音は途中で彼から手を離す。凰理がはやや不服そうな面持ちになったが、とくになにも言わず気持ちばかり歩調を緩めた。

 しばらくしてたどり着いたのは、年季の入った書店だった。

「ここ?」

 目をぱちくりとさせて外観を眺める。外に出されているワゴンの中には本が乱雑に並べられ『一冊百円』の札が添えられている。

 知っているタイトルはひとつもなく、専門書がほとんどだ。店内は薄暗く気軽に立ち寄れる雰囲気はあまりない。

「欲しい本がいくつかあるんだ」

 凰理に続き、中に足を踏み入れる。気難しそうな初老の店主が視線を寄越したが、凰理は気にせず彼に話しかけた。

 紫音はキョロキョロ物珍しげに辺りを見渡し歩を進める。

 天井まで届きそうな棚がいくつも並び、本で隙間なく埋まっている。背表紙にカラフルさなどほぼなくモノクロで揃っているのは、逆に心地よく感じた。

 古書独特の香りとひんやりとした空気がどこが現実離れを起こさせる。

 この感じは嫌いではない。むしろ懐かしさにも似た感覚があった。

 ふと棚に目を走らせている凰理の横顔が目に入る。片手にいくつかの本を持ち、表情は真剣そのものだ。心臓が一瞬跳ね上がり、なにかが脳裏に蘇る。