「熱でもあるのか?」

 ゆっくりと利都が紫音の腕をほどき心配そうに(うかが)う。

「私……」

 なにを、どう伝えればいいのかわからない。そのとき。 

「なんだ、たいしたことなさそうだな」

 紫音は目を見張り硬直した。自分でも利都のものでもない第三者の声が部屋に響いたからだ。先に反応したのは利都だった。

凰理(おうり)

 おうり、オーリ。

 利都が口にした名前で紫音の記憶はさらに触発される。魔王オーリ。やはり彼は紫音の宿敵だ。紫音は凰理を睨みつけるが、相手はまったく意に介さない。

「ほら、さっさと離れろ」

 あまつさえ手の甲を向け面倒くさそうに指示までしてくる。

「なんでおまっ、あなたに命令されないとならないの?」

 極力感情を抑え込み、冷静に返す。対する凰理は顔色ひとつ変えない。

「ずいぶんな口の利き方だな」

「そうだよ、紫音。彼が倒れた君をここまで運んできてくれたんだ」

「はぁ!?」

 利都の説明に紫音は目を()く。信じられない情報だが、事実だとすると卒倒しそうになる。

 周りにどう思われたのか想像するのも(はばか)れる。よりにもよって宿敵に情けをかけられるなどありえない。

「……私、退学する」

「大袈裟だなぁ。迷惑なんて気にしなくていいんだよ。なにもなくて本当によかった」

 紫音が顔面蒼白で告げたのを、利都は冗談としか捉えず声をあげて笑った。

「体調を崩すことは誰にでもあるって」

 的外れな慰めに紫音はますます屈辱で肩を震わせる。

「ところで、ふたりは知り合いだったのかい?」

 しかし利都の問いかけに紫音は目を(しばたた)かせた。