実乃梨と待ち合わせをしていたが、彼女が来られなくなったこと。男に声をかけられ、とっさに待ち合わせをしていると口にしたらそばから離れてくれず困っていたところだったことなど。

 話を聞いていた凰理の眉間の皺が深くなっていくのに紫音は気づかない。

「なにかされたわけでもないし、あんまりこういう経験がないからどうしていいのかわからなくて……」

 言い訳めいた発言をしてすぐに後悔する。ただでさえ魔王に借りを作った状態なのに、からかわれる要素まで用意してどうするのか。

 身構えていると、凰理は紫音の手をゆるやかに引いた。 

「そういうときは、すぐに俺に電話してこい」

 てっきり揶揄されるかと思っていたのに、あまりにも真剣な表情で言われ逆に面食らう。

 今になって繫がれた手から伝わる温もりや感触に神経が集中して、紫音は顔を赤らめた。

「で、電話したらどうなるの?」

 動揺を悟られたくなくて質問を投げかける。アドバイスや励ましの言葉でもくれるというのか。

 からかいの言葉を付け足そうとしたが、先に凰理が口を開く。

「どこにいても駆けつける」

 あまりにも迷いのない言い方に紫音の胸が掻き乱される。前言撤回。今の方がよっぽどどうしていいかわからない。

「お前は変にお人好しのところがあるから相手の言い分によっては、ほいほいついて行きかねないしな」

 ところが続けられたのはいつも通りの口調だった。ため息混じりに呟かれ、わずかに紫音の眉がつり上がる。