「ひとり? 誰かと待ち合わせしてるの?」

 男の用件がなんなのかはわからないが、答える義理はない。

 ふいっと視線を逸らして無視すると男はさらに紫音との距離を縮めてくる。

「俺、約束していた連れが急に来れなくなって暇になっちゃったんだよね。ひとりなら」

「待ち合わせ中です」

 男の発言を遮り、紫音はきっぱりと言い捨てた。しかし、男はまったく怯まない。

「……そのわりに電車が来ても改札口をまったく気にしてなかったよね」

 思わぬ指摘についに紫音は男の方を見た。彼女の反応に男は薄ら笑いを浮かべる。しまったと思ったときにはもう遅い。

「そうなんだ。なら、相手が来るまで俺もここで待っていていい?」

 男は隣で勝手に自己紹介をはじめ紫音に会話を持ちかけてくる。正直、どこかに行ってほしいが、先に嘘をついた妙な罪悪感があって強く出られない。

 とくになにかされたわけでもないが、不快感が胸を覆っていく。

 どうしよう? このまま振り切って改札の中に入る?

 けれど、そこまでついてこられても困る。誰かに電話をしようか。

 紫音はぎゅっとスマホを握りしめたがそれ以上の行動には出られない。

 でも、誰に電話すればいいの?

「紫音?」

 雑踏の中で名前を呼ばれ、顔を上げる。空耳かと思ったが見知った人物が紫音の目に映った。凰理が訝しげな面持ちでこちらに近づいてくる。

「どうし」

「遅い!」

 強く言い切り紫音は凰理の元に駆け寄る。彼女の突然の行動に凰理も紫音の隣にいた男も目を丸くした。