「わかった。なら俺の部屋に来い」

 低い声で静かに提案され、紫音は凰理じっと見つめた。

「……なんでそうなるの?」

 抑揚なく返したが、この男がなにを言っているのか本気で理解できない。

「俺自身を知りたいって言わなかったか?」

「なにが『わかった』よ。そういう意味じゃない!」

 揚げ足取りもいいところだ。しかし凰理も引かない。

「お前こそなにもわかっていない」

 なぜか自分が責められる結果になり、紫音は不満げに顔を歪める。

 もしかしてやっぱりこの男とわかり合おうっていうのが無理な話?

 勇者と魔王だった関係は変えられない。

 紫音がため息をついて帰る支度を始めると、凰理が車で送っていくと申し出た。今晩どうするかはとりあえず保留にし、帰りくらいは素直に送っていってもらうことにする。

 窓の外を見ると、いつのまにか雨が止み、分厚い雲が遠のいていた。徐々に空は夜に侵食されているが暗闇ではない。

 そうだよね、怖いものや苦手なものがあってもいいんだ。

 当然のことに今さら胸を撫で下ろす。それと同時に今まで不必要に肩肘を張っていたのだと気づいた。

 停電したとき、ひとりでもきっと紫音は耐えられた。けれど凰理がそばにいてくれたおかげで、随分と救われたのも事実だ。彼の言葉にも。

 私、魔王に助けられてばかりだ。

 凰理の怖いものを探ろうと思ったのに、逆に自分の弱点を晒してしまう羽目になるとは。悔しくはあるが、不思議と紫音の気持ちは晴れやかだった。