パーテーションの間から顔を出したのは紫音の母方の従兄である福島(ふくしま)利都(りと)だ。紫音とは八つ年が離れており、大学の事務職員をしている。

 紫音が入学してからなにかと保護者的存在として彼女を気にかけていた。

「大丈夫か? オリエンテーション中に倒れたって聞いて」

 慌ててやってきたのか、息を弾ませている。そこで紫音はようやく状況を察した。ここは大学の敷地内にあり保健管理センターだ。

 けれど、今はそれ以上に紫音の中に捉えどころのない感情が沸き上がっている。

「紫音?」
 
 訝しげに尋ねる利都の顔を紫音はまじまじと見つめた。童顔でいまだに学生に間違われることもある従兄はこの三月まで学生支援課に所属し、学生からの信頼も厚かった。

 優しく人のよさそうな面差しで、笑うとえくぼができる。ひそかにモテるのだが、浮いた話のひとつ聞いたことがない。

 四月から財政課へ移動になったため嘆く女子学生も多かったんだとか。見慣れている従兄の顔が、記憶の中の仲間のひとりとかぶる。

『シオン、無理していませんか?』

「……リト」

 次の瞬間、紫音は衝動的に上半身を乗り出し利都の背中に腕を回した。

「どうした?」

 不思議そうに抱擁を受け入れる利都の声を聞き、紫音は胸が締めつけられる。

 僧侶としてシオンのパーティーに加わっていたリトは、若いのに落ち着き払っていて、どんな状況でも笑顔を絶やさず仲間を見守っていた。熱くなりすぎるシオンをときには(いさ)め、ときには励まし、そばになくてはならない存在だった。

 どうして今の今まで気づかなかったの? 思い出せなかったんだろう。

 懺悔にも似た苦い気持ちと懐かしさで目の奥が熱くなる。