「怖いんじゃない。苦手なの」

 言葉通り、紫音は閉塞感のある暗闇があまり得意ではなかった。自分の輪郭さえ溶け、見えないなにかが迫ってくる感じが好きではない。

 お前はひとりだと(あお)られているみたいで、胸が締めつけられる。

 これは幼い頃からなので、なにかのトラウマかと思っていたが、よくよく振り返ってみると前世のときからそうだった。

 夜、眠るときに真っ暗になるのが怖くて、母や弟のベッドに潜り込んだ。魔王討伐を目指す旅の途中は夜でもほとんどひとりになることがなかったので、なんとかひた隠しにして耐えた。

「怖い」と素直に言えない立場なのをシオンは重々承知していたからだ。

 勇者に怖いものがあると知られたら信用に関わる。思いと夢を勇者に託している人々の前で、怖いものなどあってはならなかった。

 それが今、よりにもよって宿敵魔王にばれてしまう事態になった。なんとか誤魔化そうとするも、凰理の目を欺けるほど紫音の苦手意識も薄くない。

 きっとからかわれて馬鹿にされる。

 唇を噛みしめ、うつむいているとわずかに凰理が動く気配を感じた。反射的に身構えた紫音だが、掴まれている右手を引かれた次の瞬間、頭に手のひらの感触がある。

「大丈夫だ。なにも心配しなくていい」

 紫音の予想ははずれ、凰理から紡がれた言葉にはからかいはなく、優しさに溢れている。おかげで戸惑いが隠せない。

「……馬鹿にされるかと思った」

 率直な感想を漏らした紫音に、凰理は眉をひそめた。

「なんでそういう発想になるんだ」

 だって魔王だし、と続けそうになる前に凰理が先に続ける。