「信っじられない!」

 紫音は文句を言いながら本のタイトルを確認し、積み上げられている本の塔に乗せる。

 しゃがみ込んでいるので紫音より高い本の山が彼女を囲むようにいくつも出来上がっていた。まるで小さな要塞だ。

 凰理の研究室はそれなりの広さがあり、奥には作業用の机とパソコン、その横には客者用のソファとテーブルが設置されている。しかし問題は、手前にある書庫スペースだ。

 本棚には本がほとんど入っておらず、周りには無造作に段ボールが並んでいた。

『この中のどこかに言っていた本はある』

「なにそれ、嫌がらせ?」

 凰理の言葉を思い出し、紫音は怒りに震える。それでも手は止めず、新書と文庫にざっくり分け、続けて出版社ごとに積み上げた山に選別していく。

 あとは作者名で揃えて本棚に並べれば、見やすいだろう。

 ここまでする必要はまったくないのだが、どうせ目当ての本を見つける過程で段ボールの中身を出さないといけない。ついでだ、ついで。本に罪はない。

 心の中で弁明しつつ興味惹かれるタイトルの本は著者と出版社を確認し、パラパラとページをめくる。

 こういった出会いがあるのもなかなか楽しい。そのときコーヒーの香りが鼻をかすめた。

「随分段ボールが空いてきたな」

 感心した口調で告げてくる凰理の手にはマグカップが握られている。紫音は座っているので長身の彼をいつもよりも見上げる形になった。