「今、その本は私の手元にはなくてね」

「そう、なんですか」

 課題をこなすのに役に立ちそうだと高原がちらっと話した本だ。目を通しておいて損はないと思ったが当てが外れ、紫音は肩を落とす。

 専門書はなかなか値が張るし、手に入れるのも一苦労だ。

「風間先生なら持っていると思うが……彼に借りたらどうかな?」

「え、いえ。大丈夫ですよ!」

 高原の提案に紫音は条件反射で断りを入れてしまう。そこまでしなくても、学内の図書館で探せばいいだけだ。無理に凰理と関わる必要はない。

「まぁ、そう言わず。図書館で探す前に、一言彼に聞いてみればいい。きっと快く貸してくれるさ。なんなら私から言っておこうか?」

 高原の厚意に紫音はそれ以上、拒否できなくなる。小さく「また聞いてみます」と言うのが精いっぱいだった。

 本当に凰理に借りるのが嫌なら、高原には上手く言って誤魔化せばいいのだが、そういう器用さが紫音にはなかった。

 また、問題事を先送りにするのも性分に合わない。

 紫音は荷物を持って演習室を出ると、重い足取りで等間隔に電気の並んだ廊下を進み、凰理の研究室に向かう。天気の影響で外はすっかり暗く、まるで夜だ。

 不在だったらいいのに。

 高原にはそう言い訳できる。しかし近づいてその願いはあっさりと打ち砕かれた。遠目から凰理の研究室に電気が灯っているのが見える。

 中から話し声が漏れているかと思えば、彼の研究室のドアが突然開いた。

「ほら、天気も崩れそうだしお前ら、もう帰れ」

 凰理が疲れた声色で告げるのに対し、中からは複数の女子学生が機嫌良く出てきた。