その中で、どうして自分にここまで執着するのか紫音には理解できない。女だったから珍しかったのか。

 二限終了のチャイムが部屋に鳴り響き、固まっていた紫音は頭を振る。息まで止めていたのか、浅い呼吸を繰り返し自分を落ち着かせた。

 端に座っていたのもあり、さっさと立ち上がって通路を譲る。喧騒(けんそう)に包まれた部屋は、出口に向かう人の波ができていたので、紫音もさっとそこに紛れ込む。

 案の定、何人かは質問なのか雑談なのか凰理の元に集まっていた。嫌な顔ひとつせず、冗談も交えて笑い合っている。

「先生にも怖いものってありますか?」

「怖いものがない人間はいないって内容だっただろ」

 講義を復習するようにたしなめる凰理に対し、尋ねた女子学生は笑顔だ。

「風間先生の怖いもの、気になる! 私は虫全般無理!」

「一人暮らししているとゴキブリとか出たら最悪だよね」

「怖いー! 真夜中でも彼氏に連絡するもん」

 紫音の耳に届いた会話の内容はそんなところだった。

『魔王に立ち向かう勇者様なら、怖いものなんてなにもないですよね?』

 今のやりとりに触発されてか、はるか遠い昔、勇者に憧れる少年に尋ねられた質問をぼんやりと思い出す。

 あのときなんて答えた? 答えは最初から決まっていた。

 共通教育棟を出て、紫音は空を見上げた。心なしか朝より曇ったと思うのは気のせいなのか。濃い講義内容だった。あれこれ考えさせられるほどに。

 肩を落とし、紫音はスマートフォンの画面を確認した。