紫音は出入り口付近の机の上に置いてあるレジュメを取り、極力壇上から視線が向かないような席を考え、静かに前の方の左端を陣取る。

 いつもなら教員の言葉を聞き逃すまいと、質問しやすさも考慮し真ん中の前の方に座るのだが今の動きは真逆だ。そもそもこの講義は履修していないのだからかまわない。

 女子グループの席から二席分を空け、紫音は座った。

「風間先生の講義、楽しみー」

「もう先生を見るだけで十分価値があるよね」

「頑張って質問しようかな」

 まだ休み時間なので遠慮なく盛り上がる彼女たちの話題に、紫音はやはりここに来たのは間違いだったとわずかに後悔する。

 休講となった小山教授の講義の代わりに、同時刻に開講している凰理の講義を受けに来たのだ。

 勉強! 学生の本分は、勉強なんだから。少しでも学ぶ機会があるならそれを逃すのは勿体ないわけで……。

 紫音は自分がここにいる状況を必死で正当化させる。べつに凰理との朝の会話に影響されたわけではない。

 ただ、突っぱねた態度をとってしまったのもあって気まずさを感じているのもある。

 しかし自分は学生なのだから、むしろここは強気に、魔王の講義がどんなものなのかお手並み拝見というスタンスでいけばいい。

 隣で盛り上がっている女子たちを横目に、紫音は用意されていたレジュメにさっと目を通す。

 テーマは『西洋史における畏怖と信仰の対象』だった。たしかに専門的過ぎず、掴みとしては悪くない。