朝のカフェテリアは意外と空いていた。

 紫音が入学するちょうど前の年に耐震工事も兼ねて改装し、内装も新しく白を基調とした開放感溢れるヨーロッパテイストになったため、そのお洒落さや居心地のよさから学生や学外者の利用もぐっと増えた。

 ただ一限のこの時間なら狙い目だ。二限から受講している学生ならギリギリまで家で過ごしている場合が多く、紫音もいつもならそうだ。

 カウンターでコーヒーではなくカフェオレを注文し、悠々と席を陣取る。鞄から取り出した文庫本は紫音の好きな作家の新作だ。

 著者名には『緋色(ひいろ)七美(ななみ)』とある。名前からしておそらく女性だろう。

 ライトミステリーとでもいうのか、日常の一部を切り取ったどこにでもありそうな人間関係に焦点をあて物語を展開させていく作風で人気を博している。

 作品に登場する人物に紫音はいつも親近感を覚え、気づけば緋色の新作が出ればすべて手に取るようになっていた。

 夢中になって読み進めていたが、最後まで読むのには時間外足りず、紫音はきりのいいところで本を閉じた。

 ここまできたら全部読んでしまいたいが、クライマックスの大事なシーンを、時間を気にしながら読むのはもったいない。一限もあと五分で終わる。

 カップの底に溜まったぬるいカフェオレを飲み干し、カウンターにトレーごと戻すと紫音はカフェテリアを後にした。

 そのとき、スマートフォンがメールの着信音を立てる。あまりメール機能は使わないので珍しい。