明らかに場の空気が変わり、主に女子学生たちが色めき出す。

 現れたのは端正な顔立ちをした美青年だった。背が高く、すらっとした体躯(たいく)に仕立てのいいスーツがよく似合っている。

 艶のある短い黒髪、眼鏡の奥には鋭い光を放つ双黒の瞳が覗く。纏うオーラが明らかに違う。人々を惹きつけてやまない。

「え、ヤバ。マジでカッコよくない?」

 隣から実乃梨が話しかけてくるが、紫音の耳には届かない。紫音の視線は現れた男を見つめたままだ。激しい動悸と共に息が苦しくなる。

 嘘、でしょ?

 紫音は自分を抱きしめる。あの男を見た瞬間、紫音の中に電流のようなものが走った。ビビビッときたというやつだ。

 運命とか、一目惚れとか、そんな類によく使う表現だが、紫音の中に駆け巡ったのは電流だけではない。ありえない記憶も一緒だった。

 異世界と呼ばれる場所で、自分は選ばれた弟の代わりに男装して勇者となり、仲間と一緒に魔王討伐の旅に出る。

 討つべき魔王は顔も器量もよく、あらゆる人間も魔物も虜にした。腹黒で女たらしでそれはもう最悪な性格だった。

『俺を落としてその気にさせてみせろよ』

 きっ

「あーーーーーーー!」

 思わず叫んで紫音は立ち上がった。今がどういう状況なのか、わかっているはずだ。紫音は学部でも毎年数人しか選ばれない学費免除の対象になる成績優秀者に二年連続選ばれている。

 真面目で品行方正な自分がありえない行動をとっていた。隣にいる実乃梨をはじめ、部屋の中の人間の視線が一気に刺さる。

 そして、それまで注目を浴びていた男も例外ではない。彼は紫音を見て、ゆるやかに口角を上げる。

 その腹黒さの滲んだ笑顔!!

 おかげで紫音は確信する。

 あの男は憎くて討つべきだった私の宿敵だ。

 込み上げてくるなにかに脳の処理が追いつかない。そのまま紫音の意識はぷつりと途絶えた。