『で、そこまでして俺を倒してどうするんだ?』

 魔王は悠然(ゆうぜん)と訊いてきた。いちいち腹が立つがシオンの答えに迷いはない。

『決まってる。世界を平和にしてみんなを幸せにする』

 魔王の存在は人々を恐怖に(おとしい)れ、常に怯えた日常を()いている。そんなのは終わりにする。強い決意で即答したシオンに魔王は鼻で笑った。

『それで本当に幸せになれると思ってんのか。おめでたい奴』

『私の言っている“みんな”はお前も含まれているんだ』

 反論せずに魔王を見据えるシオンの瞳に迷いはない。逆に意表を突かれた魔王は瞠目(どうもく)した。

『だからできれば戦いたくはない。魔王だろうとお前も幸せにしたいんだ』

 それが勇者の名を背負う者の姿だとシオンは信じて疑わなかった。弟もきっとそうしただろう。

 これで魔王がなにかしら改心してくれたらとも思ったが、彼は予想外の答えを返してきた。

『……まさか宿敵である勇者殿に熱烈プロポーズされるとはな』

『……は?』

 シオンは自分の立場も忘れて素で声をあげた。頭でもおかしくなったのかと罵倒したい勢いさえ削がれるほどの衝撃だ。どう解釈すればそんな話になるのか。

 相手の考えが読めずにいると、代わりに魔王は不敵な笑みを浮かべ、シオンとの距離を一歩縮めてくる。シオンにとっては剣を身構えるほどの近さだ。

『いいだろう。俺を落としてその気にさせてみせろよ……その前にお前を落として懐柔させてやる』

 そこでようやくシオンは相手が宿敵であることを実感した。

『ふざけるな! そんなことはさせないし、ありえない!』

 所詮相手は魔王だ。自分の真剣な訴えなど微塵も伝わっていない。 シオンは不快さに顔を歪める。一方、魔王はどこか楽しそうだ。

『わからないさ。精々、頑張るんだな。勇者殿』

『魔王め! どこまでも追いかけるからな』

 その(あかつき)には、シオンは勇者でも弟の代わりでもない、ひとりのシオンという女性として生きていく。その日を夢見て前に進むと決めた。