おかげで次になにを言われるのか、思わず身構える。

「勝手を言うな。会いたかった。お前がどう思っていても俺は会いたかった」

 整った顔を歪め、訴えられたのは意外な内容だった。そのまま肩に手を置かれ、強引に凰理の方を向かされると頬に手を添えられ顔を近づけられる。

「会いたかったんだ、紫音」

 切羽詰まった声が、言葉が魂を揺さぶる。揺れない漆黒の瞳に映り込む自分を見た刹那、なんの前触れもなく紫音の瞳から涙が零れ落ちた。

「え?」

 驚いたのは凰理よりも紫音自身だった。

 意味がわからない。どういった感情でこの涙があふれているのか説明できない。よりにもよって宿敵の前で涙するなど不覚すぎる。

 顔を背けたい衝動に駆られるが、生憎凰理の手がそれを許さなかった。しかし彼はからかうことなく穏やかに微笑むと、紫音の目元を親指で優しく拭う。

 触れられても、先ほどの四宮のときみたいな不快感はない。滲む視界をクリアにしたくて瞬きを繰り返すと目尻に唇を寄せられる。

 反応に困って硬直していると、至近距離で凰理と目が合った。続けて彼は紫音の前髪を搔き上げ、静かに額に口づける。

 抵抗せず自然に受け入れている自分に紫音は驚きながらも、波打っていた心が徐々に落ち着きを取り戻していく。

「どんな格好をしてもどんな姿になってもお前はお前だよ」

 短くなった紫音の髪に指を滑らせ凰理は呟いた。

『どんな格好をしてもどんな姿になってもお前はお前だろうからな』

 あのときの言葉がどういった意味だったのかは知らない。けれど今は、紫音の胸にじんわりと()みる。

 凰理を見上げると彼も紫音をみつめていた。生温かい風が()ぎ、音も消える。動いたのは凰理の方で、おもむろにふたりの唇が重なる――はずだった。