「また利都になにか言われたの?」

「いや」

 軽く返答されたものの信じられない。なら、どうして凰理がここにいるのか。軽く睨むと返ってきたのは余裕のある笑みだ。

「魔王は神出鬼没だろ」

 払いのけられる前提で凰理は紫音の頭に手を置く。彼女のサラサラの髪が手のひらを滑るが、紫音は唇を噛みしめうつむいたままだ。

「……紫音?」

「見た目にこだわっていたのは私の方だった」

 小さな声で紫音は白状する。

 髪を伸ばしたのも、可愛らしい服装も自分の好みだ。誰かのためとか、その気持ちに嘘偽りはない。

 でも凰理を意識してあっさり意志を翻し、前世に近い格好にした。自意識過剰と言われても今の自分を見られるのが恥ずかしかった。

 前世でも、弟に成り代わるため勇者らしさだと言い聞かせて男の姿をしていた。魔王のせいにしたけれど決めたのはシオン自身だ。

 私、全然変わっていない。

 だから、四宮にも外見しか受け入れられなかった。

 そんな結論に至り軽く溜め息をつく。そして隣にいる男に意識を移した。

「……この前は一方的にひどいことを言ってごめん」

 一息に謝罪の言葉を言いきったものの凰理の顔を見ることはできない。しかし紫音に触れていた手が止まったので相手も思うところがあったのか。

『あ、会いたくなかった。思い出したくもなかった』

 自分のことばかりで、もしかすると凰理も同じ気持ちだった可能性もある。宿敵と前世の記憶を持ったまま再会など彼も嬉しくないだろう。

 けれどそんな感情を抑え、利都(友人)の従妹として接していたのなら、紫音も(なら)うべきだ。

「……完全には無理でも、私も極力前世のことは忘れて接する」

「誰が忘れろって言った?」

 そこで返ってきた言葉に紫音は顔を上げて凰理を見る。辺りは暗く、闇夜に覆われている中、彼の顔ははっきりと見えた。眉間に皺を寄せ、不機嫌そのものだ。