「名乗るほどでもないさ。ただ、ひとつ忠告しておくなら、こいつのことは諦めるんだな。お前の手におえるような女じゃない」

 紫音は大きく目を見開いた。四宮ははっきりと言い切る凰理にますます苛立ちを募らせる。

「はぁ? なんなんだよ。いきなり現れて。彼女はあんたのものじゃないだろ」

「そうだな。今は俺のものじゃない」

 あっさりと四宮の言葉を肯定した凰理だが、次の瞬間掴んでいた四宮の手を紫音から引き離し、素早く彼女の肩を抱いた

「けれど取り返しに来たんだ、今度こそ俺のものにするためにな。だから邪魔する奴は容赦しない」

 最後は魔王を彷彿とさせる冷たさが混じる声と眼差しだった。紫音は体勢のせいで凰理がどんな表情で言ったのか確認できなかったが、向けられた四宮は凍りついた。

 ややあって悔しそうに顔を歪め、出口の方に向かっていく。

「四宮さん」

 しかし紫音が彼を呼び止めた。これは凰理も予想外で、四宮が振り向くと紫音はさりげなく肩に回されている腕をほどいて彼の方へと一歩踏み出した。

「私はあなたとお付き合いもしないし、格好をとやかく言われる筋合いもありません。どんな私でも私です」

 夜風を切るような紫音の凛とした声が響く。一瞬の静寂の後、紫音は表情を緩め四宮に頭を下げた。

「でも、四宮さんとお話しするのはすごく楽しかったです。二十歳まで絶対に飲酒しないって私の考えを肯定してくれたのも嬉しかったです。ありがとうございます」

 その言葉に四宮だけではなく、凰理も目を見開いて固まる。その様子など知りもせず紫音は真顔で隣にいる男を指差した。

「ちなみに交際をお断りしましたが、この男のものになるつもりも断じてありませんから」

「お前な、今それを言うのか」

 呆れた凰理がすかさずツッコむが紫音は素知らぬ顔だ。張りつめていたなにかが溶けて四宮は申し訳なさを滲ませた表情で微笑んだ。

「神代さん、今日はごめん。またね」

「……はい、お疲れ様です」

 四宮が去っていくのを見つめ、降りた沈黙を紫音が裂く。