「なら俺の家に行こうよ。ここから近いし」

 四宮の言葉で我に返る。どうして今、魔王とのやりとりなどを思い出したのか。

「遠慮します。帰りますから」

 紫音は立ち上がり、腕を振り払おうとする。ところが意外に込められた力が強く、逆に空いている方の腕も取られた。四宮は遠慮なく距離を詰めてくる。

「ちょっと」

「言ったじゃん。俺、神代さんに一目惚れしたって」

 だから、なんなの?

 口にはせず、紫音は眉をひそめた。

 掴まれた腕が痛くて嫌悪感が増すが、四宮の物言いも行動も暴力だと訴えるほどのものでもなく、こんな状況でもどこまで拒絶していいのかと悩んでしまう。

 相手を傷つけたり、不快な思いをさせないためにはどうするべきなのか。実乃梨ならきっと上手くかわすに違いない。その考えに至り紫音は自分の不器用さが恨めしくなった。

 どうして私はいつも……。

「そこらへんにしたらどうだ?」

 背後に誰かの気配を感じたと思ったのと同時に声が届く。四宮はまったく聞き覚えのない声に驚きが隠せない。

「なんで……」

 振り返った紫音が音になるかならないかの声で呟く。昼間、大学の構内で見たのと同じスーツ姿の凰理がこちらに歩いてきている。

 その顔はやはり涼しげで、視線を一手に引き受けてもまったく気にせず紫音と四宮の間に割って入ってきた。ゆるやかに紫音の腕を掴んでいる四宮の手首を掴む。

「気のある女に迫るには、あまりやり方がスマートじゃないな」

「はっ? 誰ですか?」

 四宮も負けじと言い返す。昨日、凰理は学部のオリエンテーションで挨拶しただけで、他学部の四宮が顔を知らないのも無理はない。

 さらに教員にしては若いのもあって四宮はまさか相手が大学関係者だとは思ってもいない。しかし、凰理はあえて自分の立場については口にせず余裕たっぷりに続ける。