『今度の勇者は女か』

 旅の途中、シオンがちょうどひとりになった際、目の前に魔王が現れたときは度肝を抜かれた。まさかのラスボスがこんな簡単に姿を現すとは。

 その考えを読んだのか相手はニヤリと笑った。

『魔王は神出鬼没なんだ』

 流れるような艶のある黒髪。吸い込まれそうに深い色を宿した青みがかった双黒の瞳。見る者を惹きつける外貌(がいぼう)とオーラに不覚にも目を奪われた。

 慌てて我に返り彼を観察してみる。思っていたより禍々(まがまが)しい雰囲気はない。

『わざわざ男の格好をするくらいなら、むしろ女を武器にしてみたらどうだ?』

 シオンをじっと見つめていた魔王が呟く。ここでシオンは自分の正体が女だとバレたことに驚きが隠せない。

 本当は十四歳になるシオン弟、クオンが勇者として魔王討伐の旅に出るはずだった。クオンの剣の腕前は近隣の町村にまで知れ渡るほどで、皆彼が勇者として魔王に立ち向かうことを望んでいた。

 しかし旅に出る直前でクオンは病に倒れ、魔王を倒すどころか旅に出るのも難しい状況になったのだ。

 そこでクオンと同じく、剣を習い続けていたシオンにクオンの代わりになるよう両親と村人たちは提案してきた。

 この村から剣の腕が確かな男子が勇者として立ち上がる。その事実がどうしても必要だった。
 
 人々の期待を裏切るわけにはいかない。シオンは覚悟を決め、弟に成り代わることを決意した。

 長かった髪をばっさりと切って、男の服を着て、立ち振る舞いも極力男性に思われるよう気をつける。