「もしかして四宮(しのみや)くんになにか言われた?」

「へ?」

 ところが、予想もしていなかった人物を持ち出され紫音は首を傾げる。実乃梨は口角を上げにやりと笑った。

「やだなー。前に飲み会したとき、紫音をめっちゃ気に入ってアプローチしていた理学部の彼。どうなったの? 付き合うことになった?」

「ああ」

 興味津々に尋ねてくる実乃梨に対し、紫音の返事は冷めたものだった。言われてやっと彼の存在を思い出すほどに。

 二月頃、実乃梨の誘いで男女何人かで飲んだときにたまたま紫音の隣に座ったのが一学年上の四宮だった。

 三月生まれの紫音は、そのときひとりだけ同学年ではまだ未成年だった。『もう飲んじゃいなよ』と酒を勧めてくる友人たちに『二十歳になるまでは絶対に飲まない』と紫音は断言する。

 ノリが悪いと思われたかもしれないが、そこは譲れない。案の定、『真面目すぎる』と周りは(はや)し立てたが、四宮だけは『いいんじゃないかな』と紫音の考えを肯定した。

 それから連絡先を交換して何度かやりとりを交わしたが、友人と呼べるほど親しいのかも紫音としては曖昧だ。とはいえ好意とまではいかなくても悪い印象はない。

「嫌いじゃないなら付き合ってみれば? 紫音は固すぎるんだよ」

 やれやれと肩をすくめる実乃梨に紫音は顔を赤らめる。

「で、でも好きでもない人と付き合っても……」

 この手の話題は紫音はどうも苦手だ。告白された経験は何度かあるが、付き合うまで至ったことはいない。かといって心動かされる相手に出会ったこともなく紫音にとっては恋愛は未知のものだ。

 けれど興味がないわけでもない。大学生になればさすがに彼氏のひとりでもできると思っていたが、その考えは甘かった。今も実乃梨がバッサリ言いきってくる。

「そんなこと言ったら誰とも付き合えないよ。気持ちごとガッツリさらっていく王子様なんていないの!」

 わかっている。紫音も別に王子様を待ち望んでいるわけでもない。そう返そうとしたところだった。