翌日、少人数の専門科目で遅刻気味にやってきた実乃梨は先に来ている紫音を探した。しかし紫音の姿はない。

 今朝やりとりしたメッセージでは出席するという話だったが……。

 やはり体調が優れないのだろうか。教授から今日のレジュメをもらい渋々真ん中の端の方の席に腰をおろす。

「おはよ」

 小さく聞こえてきた挨拶に実乃梨は前や横を確認する。だが知り合いはいない。なら誰なのか。するとペン先でちょんちょんと背中を刺激される。

 慌てて振り返り実乃梨は目を見張った。

「おはよう。昨日は心配かけてごめんね」

「紫音!?」

 思ったより大きい声が出てしまい、実乃梨は慌てて前を向く。人違いかと思ったが、後ろに座っているのは間違いなく親友である紫音だった。

 ただ彼女の外見があまりにも変わっていて気づかなかった。

 紫音の腰まであったストレートの黒髪はばっさりと切られ、肩先より上で揺れている。服装も首元の開いた黒のブイネックにデニムスキニーパンツとシンプルで、いつものフェミニン系とは程遠い。まるで別人だ。

 講義が終わったと同時に実乃梨は勢いよく振り返った。

「どうしたの? いったいなにがあったのよ!」

「ちょっとね、気分転換」

 さらりと答えた紫音に対し、実乃梨は不信感を(あら)わにする。昨日、紫音は美容院を予約しているとは言っていなかったが、それにしても思いきった行動をとったというのが正直な感想だ。

「気分転換なんてレベルじゃないでしょ。スカートが定番の紫音が何事? 髪だってあんなに伸ばしてたのに……歴史的一大事よ。神代紫音の乱として語り継がれるほどに」

「なにそれ」

 紫音は思わず吹き出した。乱という言い方が日本史好きな実乃梨らしい。しかし、乱とはあながち間違っていない表現かもしれない。

 紫音は無意識に握りこぶしを作った。