それをこの男に見透かされている気がして紫音は頬を紅潮させる。そうこうしているうちに車はマンションの来客用駐車場に停まったので、紫音は素早くシートベルトをはずした。

「部屋まで送る」

「いい。平気だから」

 同じくシートベルトをはずし提案する凰理をすぐさま制す。ドアを開けようとしたとき紫音の右腕を凰理がとった。

「これ、俺の連絡先だからなにかあったら連絡してこい」

 名刺を差し出されるが紫音は無視した。

「結構です。なにかあったら利都に連絡しますから」

「でもあいつは日中仕事が」

「魔王の助けは借りない!」

 勢いよく叫び、その声の大きさに自分でも驚く。向けられる視線に耐えられず紫音はうつむく。

「あ、会いたくなかった。思い出したくもなかった」

 自分が前世で男装勇者をしていたこと、敵対していた魔王のこと。そんな彼と前世の記憶をもったまま再会したこと。

 なにもかもが夢だったらよかった。凰理は違うのか。感情的な紫音の言い分に『それはこっちの台詞だ』と返ってくる気がした。

「……そうか」

 けれど予想に反し静かに呟かれ、紫音はそれ以上の言葉が見つからず無言で車を降りる。凰理の顔までは見られなかった。

 相手はどういうつもりなのか。

『それは昔の話だ』

 前世の関係などまったくなかったものとして、割り切っていられるのか、自分もそうするべきなのか。

 無理だよ、そんなの。

 今の今まで忘れていたのに突然蘇った記憶と感情をそんなすぐにはコントロールできない。

 とはいえ、世話になったのは事実だ。凰理は利都に言われたから渋々かもしれないが。

 そういえば、お礼も言いそびれちゃった。

 真面目な紫音としては気になるところだ。相手が魔王だとしても。

 複雑な気持ちで部屋に向かっていると腰まである自分の長い髪が目に入る。一房(ひとふさ)掴み、紫音は、とある決意をにじませた。