『凰理もいい加減、許してあげて』

 許してほしいのか、許されたいのか。

 凰理は思考を振り払い、そろそろここを後にしようとする。

 おそらく仕事帰りに利都が様子を見に来るだろうし、紫音も自分とは顔を合わせたくないかもしれない。

 立ち上がり、紫音を見ると彼女の目がうっすらと開いた。起こしてしまったかと焦る凰理に、紫音は寝ぼけ眼で凰理を見つめる。

 続けて彼女は柔らかく微笑んだ。

「ありが、とう……おうり」

 朦朧とした意識の中、呟かれた紫音の言葉に凰理は固まった。紫音はすぐに目を閉じる。

 しばらくその場を動けずにいた凰理だったが、紫音が再度眠ったことを確認し、どっと項垂れた。

 今のは、なんだったのか。紫音が自分を名前で呼んだことはない。前世の記憶なのか。それとも……。

 どうでもいい。今、自分の目の前にいるのは神代紫音だ。それ以外の誰でもない。誰も彼女の代わりにはなれない。

 凰理は紫音の手を取り、もう少しだけ彼女のそばにいることを決意する。

 しおらしい紫音も悪くはないが、やはり憎まれ口を叩きつつ元気でよく笑う彼女がいい。

 嘘が苦手ですぐに顔に出るのを本人はどこまで自覚しているのか。つくづく正反対だと凰理は思う。だから惹かれたのか。

 目が覚めたら、紫音は自分になんて言うだろうか。凰理はベッドのサイドフレームに背を預け静かに目を閉じた。