「帝というお立場上、お葬式に参列することが叶わないけれど、心は雪となって付き添っていると、あなたは気づいてくれるだろうか。というようなお歌でしょう?」

「そう。気になるのはその歌のなかの"みゆき"がね。深い雪、深雪と書かれていたんだ」

その歌は普通、ひらがなの"みゆき"と書く。帝のお出ましを意味する漢字の"行幸"に"深雪"を懸けているが、最初から深雪と書くことはない。

「深雪?」

「見事なかな字なのに、なぜかそこだけが違うことが気になっていた。あの日、初めて君の店に行ったあの朝。たまたま通りかかって『深雪』という看板を見て、ふいにあの歌のことを思い出した」

「そうだったのね」

――暁そんな、なぞなぞみたいなことを……。
私、聞いてないよ?

「あっ」
ハッとしたように彼は声をあげた。
「え? なに、どうしたの?」

「昔、そう、『深雪』に行ったことがあるかもしれない。もしかして改装してる? 僕の記憶にあるのは紅いベルベットの椅子だった」

「そうよ! 改装しているの。今のマホガニーの椅子に。それまでは確か赤い布地のアンティークな椅子だった。窓際のカーテンもその布と同じで、いまよりももっと重厚で薄暗い感じだったの」

「それですぐ気づかなかったのか。
 珍しく深々と雪が降る日だった。その頃あのあたりに住んでいた友人がいて、ああ、そうだ」

「それじゃあ、店に来たのはあの日で、二度目だったのね」