たまたま通りかかった同じフロアの人が、2週間くらい前に引っ越しされましたよと教えてくれた。

「大丈夫?」
「――うん」

次に向かったのは暁の、この世界での彼女の実家。

彼女の秘密が隠されている清水家は少し遠い。車でも一時間はかかる。
一度彼のマンションに寄り、猫に餌をあげてから、彼の車で行くことになった。

彼の車だということで、少しは気持ちが落ち着いてくる。


私は怖かった。
暁の家に行けばわかるかもしれない何かが、私は怖い。

多分、わかっていながら無意識のうちに逃げていたのかもしれない。
行けばわかるかもしれない、その何かを知ることが怖くて、怖くて。

「ファンレターの手紙。和紙の手紙はそれきりだったの?」

「ああ、もう一度あったよ。今年になってから、感想に変えてとまた和歌が添えてあった」

「どんな?」

「夜もすがら、契りしことを忘れずは、恋ひむ涙の色ぞゆかしき」

――テイシさまのお歌だ!

一条帝を想う、遺詠。テイシさまが亡くなる時に詠まれたお歌。

「そういえば、気になることがあってね。最初にもらった手紙に書かれていた『野辺までに、心ひとつはかよへども、我がみゆきとは知らずやあるらむ』これは亡くなった定子を想い、一条帝が読まれた歌だというのは、君も知っているよね?」

私は頷いた。