「うん。3年くらい前に、出版社を通して僕宛に届いたファンレターに、同じようなかな文字を書いた手紙があったんだ」

「え? どんな内容だったの?」

「野辺までに、心ひとつはかよへども、我がみゆきとは知らずやあるらむ」

――それは。

「一条帝が詠まれた和歌?」

彼は頷いた。

「書かれていたのはその一首だけ。他には何も書かれていなかった。
 便箋は和紙。字は筆字、差出人の住所も名前もない。知っての通り僕は古典が好きだから古文書もある程度は読めるからわかったけど、ファンレターにしてはちょっと変わっているからね、よく覚えている」

表書きを見た彼がふいに言った。

「消印。京都じゃないね」

「え?」

慌てて見てみた。
消印に書かれた郵便局は切手の柄に紛れてよく見えないが、そういわれてみれば。

「これって――」

貼られている切手はいかにも京都風のものだったし、日付ばかり気にしていたから気づかなかった。

「行ってみる? 暁さんのところ。ひとり暮らししているんでしょう?」
タクシーで、まっすぐ向かった暁のマンションはそれほど遠くない。タクシーに乗ってしまえば10分の距離だ。

「うん。行く」


 ***


電話は空しいメッセージが流れるばかりだった。

「どう?」
「使われていないって……」

暁は部屋にいなかった。
旅行でいないのではなく、既に退去していたのである。