とりあえず水とおしぼりを出し、カウンターテーブルの上に置いてある小さなメニューを彼の前へとずらした。

「何になさいますか? 時間まではもう少しお待ちいただきますけど。朝のうちはドリンクかモーニングだけになります」

「では、モーニングを」

「コーヒーか紅茶。どちらになさますか?」

「コーヒーで」

「はい。わかりました」

コーヒーを出すタイミングは聞かない。モーニングのコーヒーはモーニング用のブレンドに決まっていておかわり自由だ。

早速コーヒーを落としながら、思い切って聞いてみることにした。
常連さんが来ると、話ができないかもしれないから。

「あの、この店になにか御用が?」

「いえ。なんとなく、『深雪』という店の名前に惹かれたんですが、ああ、あなただと思ったんです。
 すみません。こんなことを言われても困りますよね」

――ああ、あなただと? どういうこと?

はい、ものすごく困りますという声の代わりに、精一杯眉尻を下げて、更に聞いてみた。

「なにが、わたしだと?」

にっこりと彼は微笑んだ。

「僕の運命の人」

「――へ?」

どういうこと?
この人やっぱり危ない人?
そう思いながら反射的に、一歩左にずれて、テーブルの下に手を伸ばす。押すべきか、まだ早いか悩んだ。

「あはは、驚かせてしまいましたね。すみません、気にしないでください。僕が勝手にそう思っただけですから」