「うん。ここで沢山の人に見てもらったほうが、あたしもうれしいから」
そう言って紙袋から取り出した花を、暁はカウンターの隅に置く。

「ねーねー、なんだったらさ、暁もここで働くっていうのはどう?」

「だめだよぉ。一ノ瀬さんがいるでしょ」

「いやでも、一ノ瀬さんとの約束は一週間だし。それに私は暁がいてくれるほうがいい」

それはお世辞でも嘘でもない。
なんだか急に寂しくなったのだ。

仕事を辞めてしまったら、暁は毎朝モーニングを食べに来ることもなくなるかもしれない。

「あはは、なに言ってるの? テイちゃんたら変なの」

「変じゃないよ。ねえ暁、一緒にお店に立とうよ」
クスクス笑うだけで、暁は最後まで店で働くとは言わなかった。

どう考えても暁にとってもいいことなのに、どうしてなのか。
一緒に住もうよ言っても、うれしいと笑うだけ。

もしかするとちょっと変だったのは、暁ではなく、私だったのかもしれない。
なぜそんな風に寂しくて仕方がないのか、自分でもよくわからなかった。

ふとお客さんの声が聞こえた。
「今日は満月が綺麗だ」

満月は人の心を狂わせると聞いたことがある。
ひょっとしてこの理由のわからない不安感は、月のせいだろうか。

「満月か、でも暁は三日月のほうが好きなんだよね」

「あはは、うん」

清少納言は細い月が好き。満月が好きなのは紫式部だ。