サラダはレタスとプチトマトがあるしキュウリくらいは切れるだろう。ハンバーグの付け合せのジャガイモも、彼が茹でるまでの下処理をして、冷蔵庫に入れてくれた。

何しろカフェのバイト中に調理師免許まで取得していたというのだから驚きだ。
いずれ、大自然の中でのんびりと小さなカフェを開き、猫を撫でながら小説を書くというのもいいなと思ってのことだという。

好きなことをして生きる。
それだけ聞くとなんとも優雅な話とも思えるが、余裕があるからという理由ではないだろう。彼の場合は、結果として経済的に困窮しても、それにも構わずそうするだろうと思うのだ。

さらさらと彼の心の奥で流れている静かな水音。
全てを諦観したような、そんな緩やかな水音が、私には聞こえるように思うのは、都合のいい解釈なのだろうか。

その密やかな水音が、自分の心に流れるものと同じように感じてしまうのは、気のせいなのか。

カウンターの中で隣に立ち、手順を説明したり他愛もない話をしながら、私はそんなことを思った。

『普段から料理をしたりするんですか?』
『はい。引きこもりのひとり暮らしなので、最低限度ですけどね』

『引きこもり、ですか』
クスクスと笑い合った。

『最近はここに来るので、我ながら随分活動的ですが』
笑い合って、ふざけあって、あっという間の二時間だった。