散歩中の理髪店のおじさんが、怪訝そうに彼を振り返りながら通り過ぎていくのが見えた。
おじさんも、さぞかし不審に思っているのだろう。

『深雪』は一時間も前から客が並ぶような人気店ではない。
時々、出勤前のサラリーマンが開店を待つこともない訳ではないが、長くても十分がいいところ。私がこの店を任されてから2年になるが、こんなに早くから待たれたことは一度もなかった。

一体彼は何者なのか?

学生というほど若そうでもなく、年齢は恐らく三十歳前後。
スーツではないけれど、いまどきのビジネスマンの服装は色々だ。これから仕事だろうか?

背が高く、スタイルがいい。
少し長めの前髪がはらりと額にかかり、鼻筋の通った綺麗な顔に影をつくっている様子は、なんとも情緒的で妙にロマンチックだ。

怪しい人という感じはしない。
けれど人は、見た目ではわからないものだ。
念のため2階の修兄さんを呼ぶべきだろうか?

でも、この時間はまだ、修兄さんは熟睡していると思う。
店の片づけを終えてなんだかんだで寝るのが夜中の三時過ぎ。起こしては申し訳ない。

何かされたわけでもないし。
何かをされた後では遅いし、でもただ待っているだけだし――。

考えても仕方がない。とりあえず気にしないようにして開店準備をすすめることにした。