「でも、来ないかもしれないよ? たまたま連日来ただけかもしれないし」

「うん。わかってる。それでもいいの」

彼が来たことは言ったけれど、彼が例の小説家一条定であることや名刺をもらったことを、暁には言っていない。秘密にしたいと言われたのだから。

「聞くの? 一条さんですか?って」

「そんなことしないよ! 恐れ多い。あたしはここからお姿を拝見できればそれで満足じゃ」

「あ、そ」
私はカウンターの中の小さな椅子に腰を下ろし、コーヒーを片手に外を見つめた。

来るかな?
来ないかな?

暁は黙々とノートパソコンのキーボードを叩いている。
仕事の邪魔をしてはいけないので、私は一条定の本を手に取った。

――できれば彼に来てほしい。
きっと私以上に、暁は喜ぶだろうから。

彼女の中で、鮮やかに息づいている一条帝とテイシさま。
向こうの世界で枕草子を書き上げたあと、陰陽師に頼んでこちらに来たというが、その時に暁が願ったのは、ただテイシさまのことだったらしい。

『またテイシさまに会いたい。出来ることなら帝と共に幸せに暮らすテイシさまに』
そう願ってこの世界に来たのだと。

「テイちゃん、ちょっとそこのコンビニ行ってくる」
「あ、はーい。傘は持ってる? 降るかもしれないよ?」