加納さんの言葉は、どうしてこんなにまっすぐに突き刺さるんだろう。
 そう考えて、俺はなんとなく答えに思い当たった気がした。彼女は社交辞令を言ったり、嘘をついたり、言葉を飾ったりしないからだ。
 女子にしてはすごく口数が少ないけど、その分、無駄なことなどを口にしたりしない。その静かに澄んだ眼差しで相手のことをじっと見つめて、自分の中でよく吟味した必要な言葉だけを言っているのだ。
 だから、こんなにもまっすぐに心に響くんだ。
「………うん、がんばってるよ」
 気がついたらそう呟いていた。
「子どもっぽいって笑われるかもしれないけど……、俺、本気で、プロになりたいって思ってるから」
 加納さんの飾らない言葉に、なんだか俺まで素直になって、そんなことを言ってしまった。馬鹿にされるのを怖れて、誰にも言ったことがなかったこと。
 口に出してから、ものすごく恥ずかしくなった。でも、彼女は笑ったりしなかった。
「子どもっぽくなんかないよ。夢があるってすごいことだもん。ちゃんと努力して、それで見てる夢なんだから、誰も笑ったりなんてできないよ」
 そう言って、グラウンドの方に目をやった。
 でもその瞳は、グラウンドで走り回る中学生たちではなく、もっと遠くの空の向こうを見ているような気がした。
「……夢が見れるのって――将来の夢があるのって、すごく幸せなことだよね」
 加納さんが呟く。
 初めそれは、よく耳にする、『夢があるのは羨ましい、自分にはやりたいことが見つからないから』というような意味だと思った。
 でも続く言葉を聞いて、そういう浅い話じゃないんだ、とすぐに理解を改める。
「もしも日本が今みたいじゃなくて……例えば、戦争してる国だったら……。子どもたちは夢どころじゃない。生き抜くのに必死で、将来の夢なんて考える暇さえない。好きなスポーツも、勉強も趣味も、着る服だって何もかも思うようにはできなくて……ただ、どうやって食べ物を手に入れるか、明日まで無事に命を繋げるか、そういうことしか考えられない。だから、当たり前みたいに、夢があるとかないとか言えるのって、本当に幸せなことだと思う」
 俺は驚いて何も返せなかった。
 もし日本が今、戦争をしていたら。そんなこと、考えたこともなかった。
 言葉もなく、俺は加納さんの横顔を見つめる。
 しばらくぼんやりと向こうを眺めていた彼女が、はっと我に返ったように俺を見た。
「………ごめん、変な話して。びっくりしたよね」
 そう言って、少し恥ずかしそうな顔になる。初めて年相応の表情を見て、俺は嬉しくなった。
「変なんかじゃないよ」
「でも、こんな話したら、普通は笑うでしょ?」
「笑わないよ。だって、加納さんは俺の話を笑わないで聞いてくれたから」
 きっぱりと答えると、彼女はくすりと笑った。こんなに近くで笑顔を見たのは初めてだった。
 いつもの凛とした顔もいいけれど、笑った顔もすごく可愛い。
 なんとなく正視できなくて、俺はふいと目を逸らした。
 そのとき、練習再開の合図が聞こえて、俺は「じゃ、また」と言って、足早にグラウンドに戻った。
 コートに向かう足どりが自然と弾んでしまい、彼女に気づかれませんように、と思う