さて、そんなこんなで呼び方を決めて以来、ホクサンはずっと藍佳の作業を見てるのだ。ガン見である。今まで、誰かに見られながら美少女イラストを描いた事なんか無いので、まるで筆が進まなかった。

『気が散ってしょうがないからさ、コレでも見ててよ』

 そう言ってテレビのリモコンを操作し、録画していたアニメを流すが、北斎はそれを気に留めようともしない。

『スゲェっちゃあスゲェけど……要するに縁日の回り灯籠だろ? オレも描いたことあるし、からくりはわからぁ。それよりもオレぁ、その板ッ切れの使い方が知りてえのよ!』

 ペンタブとPCを指差しながら北斎は言う。おかしい! タイムスリップしてきた人間は、テレビを見て腰を抜かすものでしょ!? この大江戸グラフィッカー、アニメの仕組みもしっかり理解してやがる……。

 というわけで、慣れない視線にさらされながらの作業は、まったく捗らなかった。本当なら、余裕を持って仕上げられたはずの誕生日絵は、当日朝の完成となってしまった。出来たばかりの作品を、菓子パンをかじりながらアップロードし、そのまま玄関を出て会社に向かい、今に至る。


「も~ミヤケさんもはやくカレシ見つけなって~。夏休みも近いし、一人じゃゼッタイさびしいよ~?」
「え、えっと……」

 今朝のことを思い返しているうちに、話題は変わっていたようだ。「またか……」と藍佳は胸の奥で毒づく。

「そうだ! 婚活パーティー行こうよ! 何ならアタシも一緒についててあげるからさ」

 楽な業務と、通勤時間の短さ以外に、好きな所が何一つ見つからない職場。中でも何より馴染めないのが、女子社員同士のこのやり取りだ。
 モテない同性を下に見てマウントを取る。21世紀の感覚とは思えない、地獄のような同僚いじりがたまらなくしんどい。特にこの子は、顔は可愛らしいのに恋人がいる素振りを見せないから、同年代の女子社員たちの格好の餌食となっていた。

「もったいないよ~? ミヤケさん可愛いんだしィ~」

 何がもったいないんだバカバカしい。年間ニ百日間、変わらず同じ話題でねぶってくる。よくもまぁ、飽きないもんだ。
 藍佳も本当なら一人で昼食をとりたいし、たぶんこの子もそうだ。けど、この会社では歳の近い女性従業員同士が、集まってランチする習わしになっているので、そういうワケにはいかない……。

 けど、それと同時に、彼女が標的になる事で、自分に被害が及ぶことが少なくなっている。そんな境遇を密かに喜ぶいやらしさも、藍佳は自覚していた。自己嫌悪もあるけど、致し方ない。
 藍佳が標的にされないのには理由がある。スマホの着信メッセージをちらりと見る。そこにはその理由が表示されていた。

 ■新着メッセージ 2時間前 
 北畠聖矢
 会いたい。今日ウチこない?