「カンパーイ!!」

 缶ビールで祝杯を上げる。藍佳は大の酒好き肴好きだ。ワラスボ、カラスミ、ウルテ、これらは全部藍佳の好物でもある。一方、北斎はこれまで全く酒を飲まなかったけど、下戸というわけじゃないらしい。

「うげぇっ!?」

 が、初めて飲む麦酒の味に仰天したようだ。

「あははっ ポテチやブリトーはいけるホクサンもビールは苦手かぁ」

 藍佳はケラケラと笑う。肩の荷が下りて声まで軽くなったようだ。

「苦手もなにも……こりゃあ馬のションベンじゃねえか!!」
「あっソレソレ! そういうの聞きたかったんだよアタシー!!」

 タイムリーパーのステレオタイプな反応。アニメもタブレットもWebもジャンクフードも……21世紀の文明を難なく受け入れてきた江戸の絵師が初めて見せた顔に、藍佳は上機嫌だ。

「いやぁ~、イベント大成功だったね!」
「オレぁ疲れたわ、ああいうのは性に合わねえ」

 即売会には沢山の人が来てくれた。元から藍佳の読者だけでなく、SNSに投稿した北斎の絵を見てきた人も大勢……中には、カフェの店主がアップした動画を見たという人もいた。

 北斎は途中で人に酔ってしまい。会場の外でぐったりしていたらしいけど、それがたまたまコスプレ広場で、たまたま(?)北斎の服が例のSSR衣装だったものだから、大変だ。気がつくと北斎の周りには『フォーティチュード・ジーニアス・オンライン』のファンが殺到した。計画通り、今ネット上で彼の写真は絶賛バズリ中だった。

「まぁともかくお疲れ様。ホラ、お酒も買ってあるから飲んで飲んで」

 藍佳は緑色のガラス瓶のキャップをひねり、透明な液体を紙コップに注いで北斎に渡した。藍佳は、北斎が飲み干す様を見て、にへへ……と嬉しそうに笑う。

「なんでぇ姉サン、笑い上戸だったのか」
「打ち上げで飲むお酒ほど美味しいものはないからねー。まぁ……この後の作品の反応が怖くもあるんだけど」
「怖いことがあるもんか」

 北斎は酒瓶を手に取り、じゃぶじゃぶと注ぎ直す。

手前(テメ)ェが満足して出したものなんだ。その時点で親元を離れた鳥みてぇなもんさ。ウケなかったらそれはそれ、次に飛ばす鳥に活かしゃいいだけよ」

 そう言いながら北斎はまたコップを空にする。さらに注ごうとするが、藍佳の手が割って入る。藍佳は二人のコップそれぞれに均等に注いだ。

「そだね。じゃあ、アタシたちのひな鳥の巣立ちに……カンパイ!」

 二人で同時にくいっと紙コップを傾けた。