そんなことよりも今は目の前の作業だ。自分の感情をかき混ぜ続けたら何かが見えてきた。これがダマ? 慌てずじっくりそれを壊さないようにかき回し続けると、いつの間にか一本のネームが出来上がっていた。

 ギャングの抗争が絶えない犯罪都市。元恋人のギャングリーダーが残したグラフィティを、自分のスプレーで塗りつぶして歩く少女の話だ。時代劇とは程遠いストーリーになった。
 けど、取材対象はすぐ近くにいる。もちろん、あのカフェの店主だ。彼はノリノリで藍佳にグラフィティアートのことを教えてくれて、それが作品の説得力へと還元された。

 ネームが決まれば後はひたすら描いていくだけだ。藍佳は夢中で、ペンタブを動かし続けた。

 一方、北斎の描く作品も強烈だった。彼は江戸東京博物館に通い詰め、自分が知らない世界……つまり「東京」を学んだ。その結果誕生したのは、幕末から現代まで、激動の2世紀を渡り歩く不死の絵師の話だ。
 こう説明するとシリアスな話を想像するかもしれない。けど基本的には、その時代その時代で出会う美少女とのえっちなやり取りが続く紙芝居だ。そしてホクサン節満載の例のテキストも健在で、シリアスとギャグとエロがないまぜになった不思議な作品が出現した。

 こうして完成した二つの作品を一冊の本にまとめ[ワラスボ・ラボ]の新刊『令和草双紙』は完成した。

「できたか?」
「うん。今、アップロード終わった。入稿完了! 」

 ふぅー……と、ふたり同時に息を吐き出した。肺がしぼむとともに、体中に充満した緊張も体外に流れ出ていくような感覚に襲われる。そして、どっとやってくる疲れと眠気。同人活動をを始めて以来、いつだって入稿直後は疲れ切っていたけど、ここまで強い疲労感は初めてかも知れない。
 けど、この気だるさは嫌いじゃなかった。

「さてと、じゃあオレぁひとっ風呂浴びてくるわ」

 そう言って北斎は腰を上げる。北斎から風呂に入ろうなんて珍しいな。そう思うとともに、自分も一昨日の夜から下着の着替えすらしていない事を思い出した。そして改めて身体中ベッタベタなことに気がつく。

「待ってホクサン。それならさ、シャワーじゃなくて銭湯行こう!」

 そう言って藍佳も立ち上がる。

「悪かねえな」
「よし決定! 準備するからちょっとまってて」

 で、帰ってきてから掃除だな。藍佳はこの数週間でうず高く積もった、ゴミや資料の山をかき分けながら思った。