「その、すっごくよくしてくれて……先輩、アドバイスありがとうございます!」

 いつも恋愛と縁がない事をいじられていた同僚。その左手の薬指には、プラチナの輝きが灯っていた。え? いつの間に?
 藍佳は自分の指を見る。聖矢からは何も贈られていない。いやそもそも、付き合ってから特別なプレゼントをされた記憶がない。

「これからも困ったことがあったら何でも相談して!」
「ありがとうございます!」

 彼女はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。そうか。会社の空気に馴染めない同士だなんて思ってたのはアタシだけだったんだ……。

「ひょっとしてこのままゴールイン? キャ~」
「ふふっやめてくださいよ~」

 結婚? そこまで考えてるの?? それに引き換えアタシの場合は……。
 聖矢と結婚? ピンとこない。でも現状最も可能性が高いのは彼だ。仕事はするだろうか。するだろうな。聖矢の稼ぎだけでは専業主婦は出来ない。なら子供は? 絵は描く時間はあるのか?

 ああ、そういえば……。藍佳は結婚して同人をやめてしまった知り合いの絵師を思い出した。最初は家庭を考えた上で断腸の思いで、といった感じだった。でも最近タイムラインに流れる子育てツイートは、とても楽しそうだ。
 楽しいならいいんじゃないか。少なくとも楽しくない、苦しいばかりの趣味よりは……

 趣味が……楽しくない?

 ふと気づいてしまう。同人活動って苦しい事ばかりじゃないか? なんでそんな事やってんだ? なんで焦燥感に追われながらネタ出ししたり、同居人と喧嘩したりしなきゃいけないんだ? 大体そもそも……

「なんでアタシ、絵を描いてるんだっけ……」

 藍佳は同僚たちに気づかれない大きさの声でつぶやいた。