「あーー無理……」

 林田(はやしだ)藍佳(あいか)はスマホの画面を見ながらつぶやいた。今日は月末、人気のアプリゲームが一斉にガシャを更新する日だ。藍佳も絶賛どハマり中のRPG『フォーティチュード・ジーニアス・オンライン』のガシャ画面を開き、推しのSSRが登場したのを見つけたのである。

 SSR [画狂魔人]カツシカホクサイ 登場!!!

 『フォーティチュード・ジーニアス・オンライン』は歴史上の天才たちの魂を復活させ、ともに巨悪に立ち向かうというストーリーのゲームだ。カツシカホクサイは名前の通り、言わずと知れた江戸時代を代表する絵師・葛飾北斎の魂を実体化させた姿、という設定である。
 いかにも江戸っ子といった風情のある、初老の大男のイラストを見たときから、藍佳は彼の虜となった。

 初めてホクサイ実装の情報が公開されたとき、そこに掲載されたシルエットは女性のものだった。そのため藍佳は、北斎がスマホゲーによくある美少女化された姿で、登場するものと思い込んでいた。(後にそのシルエットは、北斎のライバル・歌川広重のものと判明する)
 だからこそ、自分の好みど真ん中のイケおじキャラが現れたのは全くの予想外だったし、一目惚れして人生ベスト級の推しキャラになるのも当然と言えた。

「無理しんどい…絶対欲しい……」

 そんなホクサイの新SSRは不敵な笑みを浮かべながら、右手の筆で空中に龍の絵を描いているものだ。龍は、描いた端から実体化し、ホクサイ自身をぐるりと囲むように長い胴体を巡らせている。衣装も既存カードよりも派手だ。燃えるような緋色の着流しに、黒いレザーのレザーの羽織。羽織はマントのように大きくはためき裏地に描かれた黄金のドクロが目を引く。ホクサイの無頼漢キャラにぴったりだ。

「無料石は……4000しかない……あ~~なんで先週のピックアップ回しちゃったんだろ」

 三番目に推してるキャラ、ノストラダムス(こっちは妖艶な美女キャラだ)がピックアップされた先週のガシャは爆死だった。藍佳はしがない中小企業の事務員。月に何万もスマホゲームに課金できるほど裕福ではない……。

「仕方ない、無料石分だけでも回そ……。召喚石を集めればいつかお迎えできるかもだし」

 召喚石とは、10連ガシャを回すとおまけで付いてくるアイテムだ。500個集めると、好きなSSRと交換ができる。

「えいっ」

 なけなしの無料石を使い「叡智降臨」のボタンを押す。すると……

「え、なにこれ?」