その日、家に帰ると、琴のクラスでも同じような声が上がっていると聞いて驚いた。

 みんな、天道翔の味方に付いている。彼は悪くない。むしろ自殺未遂したゆずの方が問題だ…まるで火が付いたみたいに、あちこちで彼を擁護する意見が出ているらしい。

 でも、もし彼が、そうした声に勇気づけられるのでなく顔を背けているとしたら、かえって孤立するのではないか。騒げば騒ぐほど、暗い穴の中に閉じこもってしまうかもしれない…そんなことを思い浮かべたら、もう居ても立ってもいられなかった。

 自分の部屋に戻った私は、天井を仰ぎ、目を閉じた。

「……」

 十日前、家に帰って自分の容態を告げると、祖母はすぐに事態を察してかかりつけの病院に連絡し、翌日、私を連れていった。来週、精密検査して、結果によっては再入院の必要がある、というのが担当医師の見立てだった。

 やっぱり…予想どおりの話だったから、祖母も父も妹もさばさばとしていた。また頑張ればいい、もう慣れているもんね、まるで三度目の盲腸の手術が決まったみたいに、ポンポンと私の肩や背中を叩いた。でも…本気でさばさば、ポンポンとしている筈がなかった。そうだね、気楽に受けてくる、と私が応じると、みんな笑いながら下を向いていたから。

 中学の一年間を棒に振って手に入れた高校生活。それが、間もなく断ち切られる。再入院となったら、また半年から一年療養することになるから、毎日顔を合わせているみんなとはお別れになるだろう。

 努力と執念で掴んだものが、いとも簡単に掌から零れ落ちていく。物語の世界ならありえない結末が口を開けて私を待っている。

この状況で何ができるだろう、と考えた時、真っ先に頭に浮かんだのは、自分の体のことでなく、どうしたら彼の心を救えるか、ということだった。そして、出てきた答えは一つだった。

前に踏み出さないと目の前の事態は何も変わらない。自分にはもう残された時間がないのだから、いつまでも傍観していたら駄目だ…。

「テンドウ…」

 次の日、六時限目の後のホームルームを終え、教室を飛び出した私は、校門の所で彼に声を掛けた。おかしいな、図書委員の仕事がない日なら、新しい彼女と待ち合わせて帰る筈なのに…また嫌な感覚を抱えながら、振り返った大きな背中に追いついた。

「どうかした?」

「ちょっと、ね…」

「そうか。図書委員のない日は俺と一緒にいられないから、つい寂しくなって…」

 テンドウは、いつもと変わらない軽口で私を迎えてくれた。

 この野郎、蹴ってやろうか、のど元まで出かかった言葉を飲み込むと、素知らぬ顔で最寄り駅に向かって歩き出した。

「テンドウこそ、C組の子と帰らなくていいの?」

「うん…今日は、振られたんだ」

「あっそう」

 惚けた顔で用水路を眺めているから、こっちも薄日が差している空を覗いてやった。