図書委員会主催の『あなたに紹介したいとっておきの一冊』と銘打たれたイベントは、学園祭の一日目と二日目、それぞれ四組ずつが、図書室に設けられた特設ステージに登壇して行われた。

持ち時間は一組二十分、二人の図書委員が交代でプレゼンを行い、書店員役として参加した学生や教師に向けて自分たちが選んだ本を奨めていく、という内容だ。

 書店員役の観客は、私たちのプレゼンを聞いて、紹介された本を積極的に売りたいか、とりあえず店に置いてみるか、あるいは取引したくないか、それなりにシビアで掘り下げた評価をアンケート用紙に記入していく。そうして集めた声を比較し、最後は担当の先生二人で優劣を決めて、最も優秀なプレゼンをしたチームを表彰する。

初めてにしては、よく考えられた企画だ。本の内容の良し悪しでは決まらない。それを紹介する図書委員がどれだけ中身を読み込み、不特定多数の人にその価値を伝えられるかが問われる、高校生がやるにはとてもハードルが高いイベントだと思った。

 私たちは、学園祭二日目の第三組で登壇した。

もちろん、それまで他のチームのプレゼンを聞いて参考にしようとしたが、どこの発表も素晴らしいものに見え、自分たちが用意したものがみすぼらしく思えて胸が騒ぐばかりだった。参考になるというより、気持ちが揺らいで本番に悪い影響を及ぼすと思ったから、思い切って二日目の第一組と第二組の発表は欠席した。

結局、自分たちがやってきたことを信じるしかない、あとはやり切るだけだ、と自分の胸に言い聞かせ、テンドウの大きな背中をバシッと叩いて本番に臨んだ。

 そして、壇上に二人並んであいさつし、まず私から作品の紹介をしていった。テンドウにプレゼンの大半を任せてから自分もそれなりに練習を積んでこの日を迎えていたが、やはり、というか予想したとおり、林田鈴の語りは堅苦しく、聞いている方が疲れてしまうくらいお粗末なものだった。ただでさえ、一言一句漏らさないよう細心の注意を払ったのに、顔を上げ、聞き手の顔を見て親し気に話そうとしたのがいけなかった。

「ご存知かと思いますが、この作品は二年前に映画化もされていて……」

 お母さんが生前に選んだジャケットに袖を通した父とここぞという時にしか出さない着物に身を包んだ祖母、挑発的な笑みを向けてくる琴。来なくていいと言っておいたのに、我が家を訪れたクラスメートの男子を一目見ようと、琴の引率で家族そろって来ている。

それと後ろの列で静かに見つめている凪さん。彼氏の晴れ舞台を見守る姿はやっぱり可愛い。身にまとった柔らかな空気が、彼女の存在を一層浮き立たせている。

 加えて、演劇部の講演を終えて駆けつけてくれた奏と千沙、顔も名前も知らないご婦人二人、明らかにテンドウ目当ての女子グループ、更には国語系の先生たちまで。

そうした顔ぶれが視界に入った途端、頭が真っ白になった。そこから何をどう話していったか全く記憶がないまま出番が終わり、テンドウとバトンタッチして壇上から降りた。すれ違いざまに、ポン、と肩を叩かれたから、よほど一杯いっぱいのプレゼンだったに違いない。

 脇に下がって、壇上に登ったテンドウの姿を見上げながら、私は不思議な気分でこの三か月あまりの出来事を振り返っていた。

「………」

図書委員になって彼の駄目っぷりに呆れ果てたこと、何だかんだ言いながらテスト勉強や図書委員の仕事の面倒をみてしまったこと、約束した日に本を読んでこなかった彼に激高したこと。

それから…「天道くん」が「テンドウ」に変わり、「おい、リン」「なんだ、テンドウ」と何年もコンビを組んだ相棒みたいに言い合うようになり。映画を観て恥ずかしげもなく涙する姿に驚いたり、プレゼンの練習にひたむきに取り組む横顔に見とれたり…高校生になってまだ半年しか経っていないのに、卒業アルバムに載せられそうな出来事がたくさんあった。

そこにはいつもあいつがいて、私を驚かせたり、怒りに震わせたり、たくさんの感情を引き出してくれた。ただのクラスメート、図書委員の同僚でしかないのに、それ以上のものを私にくれた。

今またプレゼンの本番で、私がガタガタにした空気を一声で解きほぐし、瞬く間に聴衆の関心を引き寄せている。反則的な笑顔を図書室中に振りまいている姿を目にして思う。

 天道翔は林田鈴の太陽だ。大事なものが足りない私に栄養を与えてくれる。これから先も歩いていける、と思わせてくれるかけがえのない男の子だ。