そうして苦し紛れに話を振ったが、テンドウにプレゼンをさせることに、私にはちょっとした期待があった。

 最早言うまでもないが、天道翔という男の子には、人を惹きつける天性の魅力がある。その貴族的なうるわしい顔立ちと愛らしい人柄、そして誰に対しても分け隔てなく心を開く性格は、研究発表という場できっと活きる。初対面の不特定多数の人を前にしても憶することなく自分の考えを伝えられる、そう思った。

 加えて、これと思ったことに惜しみない情熱を注いでいく一面…林田家のマンションを訪れた日から小説の魅力を納得いくまで掘り下げ、整理して、プレゼンの原稿を仕上げた手腕に、彼を見る目が完全に変わっていた。見えない可能性に賭けてみたくなった。

 だから、私が作ってきた原稿を手にして、すぅっと息を吸い込む姿を目にしたら、こちらも胸が膨らんだ。口を開いて、聞きなれた声が流れてくると、あれほど耳にあふれていた蝉の鳴き声が遠のき、彼の話だけが入ってきた。

「では、ここで登場人物を整理します。まず主人公の男の子。彼は、都内の大学に通うごく普通の学生…いえ、僕みたいな軽い感じでなく、どちらかというと内気で、相手の顔色をうかがって自分の気持ちを飲み込んでしまうタイプの男の子です。そんな彼がキャンパスで出会った謎の少女、それがヒロインの女の子です。どうでしょう?僕たちみたいな男子が、毎日通っている学校で知らない女子を見かけたら…ドキドキしないですか?もし僕だったら、めちゃくちゃしますよ。付き合っている子と一緒でも振り返るかもしれない。ここで大事なのが、相手の正体が謎である、ということで…」

 テンドウの話はいつまでも続いた。まるで窓から忍び込んだ一筋の秋風みたいに、よどみなく、すうっと胸の中に入ってくる…。

 どうしたことか、自分で書いた原稿が読まれているのに、私はずっと、わくわくしていた。彼の口からどんな話が飛び出すか、未知のものを迎えるように聞き入った。

 それくらいテンドウの話は、彼の感性というフィルターを通して、私の原稿と別物になっていた。文章の端々を変えるだけでなく、観客に呼び掛けたり、溜めを作って自分の感想を入れたり。その場で様々なスパイスを効かせて、聞き手の興味を引いていく。だから、内容を知っていても身を乗り出して聞いてしまう。彼の話に身をゆだね、まだ見ぬ場所に連れていってほしいと思うのだ。

「ねぇ。聞きたいんだけど…」

登場人物の紹介と二人が出会う場面まで話が進み、これでいいか、と彼が戸惑いの色を浮かべたところで、私はようやく口を開いた。

「今の話し方、何処で憶えたの?」

 するとテンドウは、思ってもないことを聞かれたみたいに目を寄せて言った。

「何となく…毎週見ているクイズ番組の解説者の喋りを真似したらこうなった」

「すごいね。何となく聞いているだけで、自分のものにしちゃうんだから」

「何言っているんだ。これくらい誰にだって…」

「誰にでもできることじゃない。テンドウだから出来たんだ」

「嘘だ。これくらい簡単じゃないか?」

 そこまで聞いた私は、意を決して言った。

「ねぇ、テンドウ。ちょっと前から考えていたんだけど…」

「…何だよ」

「プレゼンの本題をまるごとやってみない?もちろん、最初と最後の所は私もやるけど…少しでも柔らかくなるように練習するから。でも、人に伝える力はテンドウの方がずっと上だよ。普通の子がどんなにがんばっても越えられないものを持っている。きちんと練習すれば、誰にも負けないくらいうまくなると思う。だから…」

「……?」

「それ以外のことは私がやる。面倒なことはみんな引き受けるから、やってみようよ」

 今度は私が、真っすぐに彼のことを見つめていた。思ったとおり、いや、それ以上の可能性を感じたから。テンドウに賭けてみたい、新しい彼を見てみたいと思った。

「何言っているんだ。俺にそんなものがある訳ないだろう?」

 そう言ってコンクリートの天井を見上げながら、テンドウは笑った。大丈夫、やってみよう、と執拗に薦める私に目を止め、神秘的に澄んだ瞳を揺らして、だんだんと顔色を変えていった。シュワシュワという蝉の鳴き声が、彼の背中を押すように沸き立っていた。