「井口くん、好きな人いるよね」
「……そうだな」


お昼休み、ごはん食べたらちょっとだけ一緒に散歩しよ、と誘われるまま隣を歩く。


話し始めて数か月、会話することにもすっかり慣れて、ゆっくりながらぽつぽつ交わす言葉に違和感はない。

すっかり寒くなったこともあって、自販機でホットのミルクティーを買って手渡す。グラウンド側のベンチは人がいなくて、気にせず話せることは最近知った。


「ありがとう。最近寒すぎてカーディガンとカイロ必須だよ」
「冷え性って言ってたもんな」
「……そういうひとつひとつを、ちゃんと覚えていてくれるのが、嬉しくてずるい」


ペットボトルをぎゅっと握りながら俯く姿に、今日が最後かと悟る。普段目を見て話すからか、いつもより小さく弱く見えた。


「告白しないの?」
「そいつ、好きな人いるから」
「望みないから、しないの?」


下を向いていた顔を上げてまっすぐに、少しいたずらっぽく聞くのが初対面を思い出させて、息をのんだ。


ほんとにこのままでいいの、本当はどうしたいのと言わせてしまうくらい、最近の俺は沈んでいたらしい。


「やっぱり、かっこいいな」
「……かわいいには、なれなかったなあ」



いってらっしゃいと背中を押されて、教室に走る。



あの子は、俺とは真反対で好きな人の幸せために背中を押せる子。忘れろなんて言った俺とは違う。やっぱり、かっこいい。


あの子みたいにはなれないけど、俺は俺なりに、好きな人のところに走ろうと思えた。



眞田に曖昧な告白のようなことを言った後も、変わらず火曜はやってきた。

表面上は普通にしていても、どこか一枚壁があるような空気感は、思いの外堪える。


恋愛相談をしてくることはなくなったし、勉強のわからないところを聞いてくる回数も減った気がする。それでも、俺に隠れてため息をつく姿はあったと思う。

ため込んで悩ませたかったわけじゃない。俺に吐き出せないならと、眞田と仲いい友達にさりげなく頼んでおいた効果があったのかはわからない。

心配するほど仲良かったんだと驚かれなかったことが意外で、こんなときなのに、普段から俺との話をしているのかと期待してしまった。


あれからもう数か月、ベストからカーディガンとブレザーに変わった後ろ姿を見つけて、右腕を掴む。


「井口?そんなに走ってどうしたの」
「眞田。今日の放課後、俺に時間ちょうだい」


眞田の返事と同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、それぞれの席に戻る。



――今日は、いつもと違う金曜日。