「どうして、連れてきてくれたんだ」


さっきも似たような問答があった。

同じ意味、同じ響き。

けれど、かすかに拓磨の声は震えていた。

瞳は一切揺らがないのに。

これも教育の賜物なのだとしたら、泣きたいときに泣けなくなるのは悲しいことなのだと、拓磨は覚えているのだろうか。


「拓磨があの塀の向こうでどんな風に過ごしているのかは、知らない」


町会長の家は代々ああなのだと、じいちゃんとばあちゃんからきいている。

気の毒だと、古い風習を一掃する新しい風を呼び込むべきだと言いながら、腰は据えたまま。


拓磨のお母さんは、拓磨の弟を連れて町を出ていった。

そのときに、どうして拓磨を連れて行かなかったのだろう。

逃がしてあげられなかったというのなら、同情の余地もあったのかもしれない。それは母親に対してではなく、拓磨へのものだけれど。

悪い予感というのは往々にして当たるもので、母親と弟がこの町から出て行けるように手回しをしたのは拓磨だという話をきいた。

拓磨の家に出入りしている役員からの確かな情報らしく、手回しといっても、母親の踏ん切りに背中を押すような言葉と、父親の気を逸らす程度のもの。


「知らないけど、今夜拓磨が拓磨の意思で外に出てきたことは確かだと思ったから」

「だから……?」

「見つかる前に、隠さなきゃって」


見つからないように、逃がしてあげるべきだったのかもしれない。

わたしはその手伝いをするべきなのではないかと、家に上げてから今の今まで何度も頭を過ぎった。

拓磨を連れてきてものの数分で人が出て来始めたほどだから、たとえひとりで行かせていてもわたしが何かしらの手を貸したとしても、そう遠くない場所で見つかっていただろう。


ここに隠したことはまちがっていなかった。

けれど、朝になれば、もしくは朝を少しだけ遠ざけられたとしても、いつかは見つかってしまう。