「これ、いる?」

「いる? じゃないでしょ。せっかく特別仕様にしたのに……」

「それはごめん。だけどさ、あんまり変わらないと思うんだよ。あの船軽いし、なんなら重みで転覆しそう」

「流れも風も味方にして、どこまでも、って意味だったのに!」

「それなら仁美の船にも帆がないとおかしいだろ」


なにもおかしくない。

瑣末なことかもしれないけれど、帆をつけるのは拓磨の船だけでよかった。

隣にいたいだなんて烏滸がましい。

そう伝えると、拓磨は眉間に幾筋もの皺を寄せた。


「おこがましいいい? なにが、どこが」

「拓磨はすごいなって、思ったから……」


これは不味い流れだなって早々に察して語尾が下がっていく。

一旦落ち着いてほしいというわたしの心をまったく汲み取ってくれずに、拓磨は地面に手をついて上半身を乗り出してくる。

後ろを仰け反れば、わたしは柔らかい芝生の上に転がるわけで。

さすがにこんな場所で覆いかぶさることはないけれど、拓磨は見る間に顔を顰めていく。


「町中が敵なのにおれのこと隠そうとする仁美の方がすげえよ!」

「ちょっと待って、どこにキレてるの?」

「強がりだった。羨ましかった。おれんち、おかしいし。意味わかんねえし。初詣の願い事は水利権も土地もさっさと隣町が奪略でもなんでもしてくれって頼んでたし。父さんがしこたま酒飲んで倒れたときは毎回瞳孔チェックしてた!」

「えええ……嘘でしょ」

「マジだけど。この前の夜のことが丸ごと嘘だったようなもんだけど」


つい数日前の拓磨の姿が瓦解していく。

信じようと決めた夜のことを本人の口から嘘だったときかされるわたしの気持ちにもなってほしい。

確かなこと、これだけは、と手のひらに握りしめていたものたちだけが、唯一真実として残るだなんてあんまりだ。