「ねえ、おばあちゃん」
升野のおばあさんを『おばあちゃん』と呼んだのは初めてだ。
心の中では升野のおばあさん、もしくは升野のおばん、なんて失礼な呼び方をしているから。
用があるのなら升野さんと呼んでいたし、発しておきながら違和感しかない。
「なんね」
「嘘って吐いてもいいと思う?」
「人を傷付けんならええやろ」
「だよねえ」
納得したわけではなくて、おばあちゃんならそういうだろうなって、なんとなく予想がついていた。
「仁美ちゃんはどう思うん」
「わたしも概ねおばあちゃんと同じなんだけどさ、こっちは嘘吐かないって約束で、交換条件に向こうのいうことをきいてあげたんだよ。それなのに嘘しか吐いてないの。どうしてくれよう」
「とっちめてやりゃあいい」
「だよね、だよねえ……でもそれが、やさしい、やさしい、うそなんだよ」
守るとか、連れ出すとか、たぶん口でいうほど簡単じゃない。
むしろ、口先だけで頼りない。
盾や矛、色んな形になれる代わりに、とても脆い。
わたしのそれも、一晩しか拓磨を覆ってあげられなかった。
決して人前では泣くまいと、くちびるを噛み締める。
「拓磨ちゃんがなして納屋なんかにおったんか知らんけど、一晩帰らんかったっちいうんやから、よほど大事なもんがあったんやろ」
「おばあちゃん。わたし、拓磨のことって言ってない」
「あーあー、そうやったね」
おばあちゃんは面倒くさそうに生え際を平たい爪で引っ掻いた。
そんな風にするから、どんどん薄くなるんだよ、とはいえずに。
「会いに行かんのね。いまなら行けるやろ」
「来るまで待つ。しがらみがなくなったのなら、尚更」
「それで来んやいうて泣いても知らんで」
「うん。でも、泣きたくなったら誰かのそばにいる」
人のそばにいれば、きっと泣かずに済む。
おばあちゃんにはそんな魂胆さえ見透かされていたようで、帰り際に背中を強く叩かれた。
喝を入れてくれたのか、慰めてくれたのかはわからないけれど、その手がいまは心強かった。