眠ることをこわいと言ったことを覚えている。


夜明けを一秒でも遠くに押しやりたかった。

枷や鎖を、鍵を持たないわたしは噛み砕いてやるしかなくて、腕につけた歯型とは比べ物にならないほど濃い痕をたくさん、刻みつけたと思う。


わたしが拓磨を連れ出せたのは、たったの一夜。

眠りたくないと駄々をこねるわたしを、拓磨は手のひらで目元を覆ったり背中を摩ったりして、根気強く寝かし付けた。

朝に覚めたとき、窓の向こうには燦々と光が降り注いでいて、あまりのまばゆさに目が眩んだ。

隣にはもう拓磨はいなくて、帰ってきたじいちゃんばあちゃんといつも通りの一日を過ごした。


数日後に升野のおばあさんが棚の上に手が届かないからとわたしを呼びに来た。

本題は別にあると察して、嫌なら行かなくてもいいとじいちゃんばあちゃんは言ってくれたけど、升野のおばあさんの家に行った。


「勘違いやったみたいやわ」


何が入っているのかわからない、埃を被った軽い箱を居間の棚から下ろす。

一緒に舞った埃を吸って咳き込むと、おばあさんは背中を擦ってくれた。

そうして、落ち着いたころに、ムスッとした顔でいう。

怒っているわけではなくて、これがいつもの顔だ。

じいっと見つめてみても、まったく機微が読み取れない。


「勘違いって?」

「拓磨ちゃん。あん日は川の向こうべたの空き家におったんてな。納屋の戸を壊して、一晩越したてきいた」

「……そうなんだ」


嘘は吐かないで、といったのに。

わかったと、いったのに。