存外、拓磨には余裕があるようだった。

自分が息をつく間も、わたしに呼吸をさせる間も、ぜんぶ見計らったように拓磨のペースを敷かれる。


決してくちびるだけを目指しているわけではないと知らせたくて、体を寄せた。

拓磨の肩から腕を撫でる自らの動作が艶めかしく思えて、顔を逸らそうとするけれど、そんなときに限ってくちびるが追いかけてくる。


「行こうよ、拓磨。ずっと、遠くへ」


探せばいい。

拓磨のお母さんと弟がいる場所を。

わたしの両親からはわたし宛てに仕送りがされていることを知っているし、連絡手段が絶たれているわけではない。

いきなり連絡をすれば、そりゃあ大層驚かれるだろうし、初めての電話が逃避行の相談だなんて本物の親不孝まで見舞うことになるけれど、人にかける迷惑のことは二の次でいい。


狭い屋根裏部屋は、一晩くらいなら拓磨を隠してあげられるけれど、幾夜も越えられるような場所ではないから、この夜が明けるころが関の山だ。


拓磨、君を隠すための嘘ならいくらでも用意する。

何がこんなに自分を突き動かすのか、ともに育った拓磨に同情心があるのか、正義心を振りかざしたいだけなのか、きっとどれも少しずつ混ざっている。

いくつも手に取るには足りないものたちのなかで、確かなものもいくつかある。

いまこうして肌を触れ合わせている拓磨と、逃げたがった本心と、目を掻い潜って夜に飛び出す度胸を、信じていたい。


何度問うても、拓磨は返事すらしなかった。


悲しみから何を引いたものが切なさとなっているのか、胸の内側を掻きむしりたくなるようなもどかしさの行き場はどこにあるのか、抱かれている間断にふと迷い子のように手を伸ばして、探していた。

その都度、宙を彷徨う手をしかと繋ぎ止めてくれる拓磨の胸の音を、きいていた。