「そりゃ当然じゃないですか。えーっと、次は、勉強してくださいね?」

 最後に疑問符をつけてしまったけれど、これでいいのだろうか。そもそもこんな言葉でいいのか。

「七十点ってところか。模範解答は『えー、大丈夫なんですか? もう、なんで勉強しなかったんですか。今度からはちゃんとしてくださいね、心配です!』かな」
「いや、もとの文章ないじゃないですか」
「細かいことはまあ置いといて」

 ゆっくりと先輩が歩きだして、私たちは並んで歩いた。片方の手は、今もつながれている。隣の道路を大きなトラックが通り過ぎていった。

「相手によって、その前後の言葉って違うだろ、たぶん」
「たしかに、そうかもしれないですね」

 希美だったら『なにかあったの?』と心配するかもしれない。優子なら『今度は頑張ろうね』と言うだろうか。嫌いな相手だったら、もっと突き放した言い方をするかもしれない。

「相手のことを知ったら、自分の気持ちも一緒じゃないだろ」

 ノートに書かれていた先輩の文章を思い出した。相手のことをわかろうとしないと、伝わらない。それは、こういう意味だったのだろうか。

「江里乃ちゃんの正論は、通常版って感じだな。誰でも言える、誰もが思うまっとうな意見。だから、伝わらない。それを特別仕様にしてやればいいんだよ」

 もしかして私は、ずっと言葉足らずだったのだろうか。

「正論に、気持ちを添えて言ってみな」

 気持ちを、添える。

 ――『伝えるだけでも伝わらないし』
 ――『自分で思っているほど 伝えてないってこともあるかもな』

 私はずっと、自分の意見を口にできる性格だと思っていた。思ったことははっきり言葉にして伝えてきたつもりだった。

「百人いれば百人の考え方がある。百人に思う江里乃ちゃんの気持ちも同じじゃない。だから、伝え方も百通りあると思えば?」

 中学のときの気持ちを思い返した。もっと練習がしたかったのは、もっとみんなでバレーをしたかったから。怠けている友だちを許せなかったのは、彼女ならやればできると信じていたから。

 力を合わせれば前よりも点数が取れると思っていたから。

 バレー部のみんなを、信用していたから。みんなと一緒に試合に勝ちたかったから。

 喜びをみんなと味わいたかったから。

 私は、そう言えば、よかったのか。

 でも、そうしていたからといって、うまくいったかどうかはわからない。どんな言い方をしても、私たちはわかり合えなかったかもしれない。それに、あのときのことは忘れられないし、いまさら彼女との関係をどうにかしたいとも思っていない。そう思うのは冷たいだろうか。