私もどうして素直に先輩について行っているのだろう。帰ろうと思えば今すぐにでも帰れるし、そもそも学校を出る前になんとかできたはずだ。

 それをしないのは、胸に宿る好奇心のせい。

 どこに行くのか、なにをするのか、さっぱりわからない。本来私は無計画というのが苦手だ。サプライズだったり相手のプランに身を任すことはあるけれど、先輩の場合は間違いなくノープランだ。なのに、楽しいことが待っているかもしれないと期待している。

 電車の振動が、私の体をリズミカルに揺らしているような気がした。

 今はまだ六時間目の授業中で、電車の中に学生の姿はほとんどない。教室ではみんな授業を受けているのだろう。そんなときに、私は数週間前までは通りすがりに挨拶をする程度の関係だった先輩と、ふたりきりで電車に乗っている。

 人生、なにが起こるかわからないものだ。

 流れていく景色を眺めていると、窓ガラスから視線を感じた。そこには、私を見て満足そうな笑みを浮かべている先輩がいた。

「なんですか? にやにやして」
「不思議だよな。江里乃ちゃんと電車に乗って出かけるとか。しかも学校生活がほぼ終わったみたいな今日に。ということをにやにや考えてたんだよ」

 なぜにやにや考えるのか。

「そういえば、三年生は授業、今日まででしたっけ」

 高校生活最後のテストは、木曜日の今日で終わりだった。ということは明日からは自由登校になる。学校に来る三年はほとんどいないだろう。三年が今後学校に来るのは、送別会、卒業式予行練習、本番、のあと三回だけだ。

 そうか、先輩はもう学校に来ないのか。じゃあ、交換日記も今日で終わりだったのか。それなのに、あんな相談を最後にしてしまった。先輩に、歌詞についての意見を求められたのに、私は自分のことばかりを先輩に相談してしまった。

 申し訳なさと、さびしさと、心細さが、私を襲う。

「まあまだ来るけどね」
「え?」

 思わず弾んだ声が出て、先輩が目を丸くした。

「そんなに喜んでもらえるとは、どうした江里乃ちゃん」
「別、にそういうわけじゃ。なんで来るのかなって思っただけです」

 ぷいっとそっぽを向いて顔を隠す。

 たしかに今の私は喜んでいる。間違いなく。だって、先輩が学校に来ると言うことは、交換日記を続けられると言うことだ。もしかしたら先輩もそのために学校に来てくれるのかもしれない。

 それは都合よく考えすぎかもしれない。でも、なにかのついででいい。交換日記を続けることができるなら。先輩と会えるなら。

 ……いや、会うことはしなくても、いいんだけど。

「毎日教室まで会いに行ってやろうか?」
「いりません」