それから僕はテオへの恩返しのために名をあげたいとふたりに話し、協力を得ることになった。

一週間が経とうとしていたとき、ジャック(名無し)は息を引き取った。

息を引き取る直前、「有名人のセントとして死ねるんだ。こりゃ光栄だぜ」と意地悪そうな笑みを浮かべていつもの調子でジャック(名無し)が話した。死ぬ間際だというのに、そんなことを言うものだから彼につられて僕は笑ってしまった。

そして、ジャック(名無し)は安らかな眠りについたのだった。



七月二七日に僕は、オワーズの麦畑で金を渡していたふたりの少年と待ち合わせをしている。それまでに何とかしなければならない。彼らは銃を持っている。その日、僕の姿をひとめ見れば銃口を向けてくるに違いない。僕は死人になりすますために、オーベルジュ・ラブーを後にした。

ジャック(名無し)を看取ったこの場所は、オワーズの麦畑近くの林の奥にひっそりとある廃屋。事前にジャック(名無し)の姿を僕に偽装するためのものがここに置いてある。骨格を似せるために必要なメスや注射器といった医療器具、髪を染めるための毛染め、肌質を似せるための化粧品などだ。

ジャック(名無し)の背丈や肩幅は僕と似たような感じだが、ジャック(名無し)の頬は痩せこけているため、脂肪を注入することになりアーサーが担当した。また、皺の数を数本増やせば、ぱっと見僕に見えなくもない。次に髪を赤っぽく染め上げた。僕は最後に化粧を施すことになった。化粧も絵具も同じだろうとジャック(名無し)のやや黒めの肌を手でシュッシュッと塗りたくってゆく。僕の顔は丁度ハンスとそっくりなので彼を見本にすることになった。

上手くいかないものだな、と首を傾げながらやっていると、とんとんと肩を叩かれて後ろを見ればハンスの困惑した表情がそこにあった。

「セント……一体なにをやっているんだい?」

「僕に似せるために化粧をしているだけだが」

見ればわかるだろうという思いを込めてハンスを見返せば、ハンスとアーサーは互いの顔を見やって苦笑した。

「流石、芸術家というべきだろうか……」

「セント、貴方は化粧をしているのではなく、まるで絵を描いているようだ。化粧は粉が余ってはならない、伸ばすんだよ。粉が顔に集まった女性はそこらを歩いてはいないだろう?」

その言葉で冷静になり、ハンスからジャック(名無し)へと再び視線を移せば、これはないなと納得できた。

人を作品にしてどうする、と一度僕は頭を抱えて切り替えると、再び手を動かしたのだった。