カフェを出て、宿泊中のオーベルジュ・ラブー近くの林まで歩いて足を止めた。いま描いている木の幹、根、切り株の場所だ。

「秘密にすると約束してくれるかい?」

テオより遥かに自分のことを知り尽くしている彼だからこそ、知って欲しいと僕は思った。

「もちろん」

ハンスはわかりやすく唾を飲んで僕の目を見て深く頷いた。

「僕が今まで絵を描き続けてこれたのは、弟のテオが僕を援助してくれていたおかげなんだ。生活費も絵具も。僕ができることといえば、絵を描くことだけだ。だが、それでもテオのために何かしてやれないだろうかと思って考えて考えて考えてようやく思いついた」

一呼吸置いて、早口になりそうな気持ちを抑え込む。彼は、ハンスは、いまどのような顔をしているのだろうか。僕は言い表せない不安と恐怖に包まれ、ハンスに背を向け視界からハンスの姿を消し去った。感じるのは彼の気配のみ。

「作者の死。偉人は死んでから評価されるものが多い。生きているうちは評価されないことが多いのに、死んでから評価されるとは不思議なものだ。無謀な作だとわかっている。だが、一か八かで試して見る価値はあると僕は考えている」

「そんな───⁉︎」

「死んだあとのことは確かめようがない。だが、価値が見出されようがされまいがテオへの負担が減ることは間違いない」

「一体何を───」

「テオには僕の描いた沢山の絵を渡してある。もし、僕が死んでから評価されたとき、テオが僕の絵を売ればお金になるだろう。それが僕にできるテオへの恩返しなんだ」

「やはり、自殺を……?」

首を横に振って、僕は否定する。

「自殺じゃだめだ。インパクトが足りない。すでにお金は渡してある」

「殺されるというのか⁉︎」

ただの自殺では注目を集めにくい。しかし、他殺であれば、と僕は考えたのだ。

背にハンスの震えた声が当たる。辛い、悲しい、苦しい……彼の感情がそのまま僕の中に入り込んでくるかのようで、涙が溢れてきた。溢れ出た涙は地面を湿らせた。

自分の死に、どんな意味があったのか。真実を知られぬまま死ぬのは酷く寂しく孤独だろう。しかし、テオにその真実を打ち明けてしまえば、きっと僕を止めるに違いない。涙を流すに違いない。それでは、意味がない。だからこそ僕を知り尽くし、僕のファンであるハンスにだけ打ち明けようと思った。



彼になら、話してもいい。

直感的にそう思えたから。